最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)26号 判決 1998年7月17日
フランス国九二八〇〇 ピュト エスプラナード
デュ ジェネラルド ゴール 五一
上告人
トムソンーエスアー ソシエテアノニム
右代表者
アルレット デナンシェ
右訴訟代理人弁護士
吉武賢次
神谷巖
山崎行造
伊藤嘉奈子
松波明博
日野修男
同
弁理士 玉真正美
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 伊佐山建志
右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第一一五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年六月二二日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同玉真正美の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成六年(行ツ)第二六号 上告人 トムソンーエスアー ソシエテ アノニム)
上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同玉真正美の上告理由
目次
頁
序論
事実関係および問題の所在―1
本論
第一点 パリ条約の基本理念についての原判決の誤り―6
Ⅰ 比較法的視点でのフランスの追加証明―10
Ⅱ パリ同盟条約の優先権における改良発明の出願―17
(a) 追加の特許と追加証明の同条約の制度への関係づけ―18
(b) 複合・部分優先の認知―24
(c) 改良発明の出願に関しての優先権上の原則―29
Ⅲ 特許出願Bと本願の同一性の問題―32
Ⅳ 最初の出願の問題--総論―34
Ⅴ 最初の出願の問題--具体的審査―41
(a) 特許出願Aと特許出願Bとの間は完全に同一である、
という反論―43
(b) 部分的に同一である、という反論―56
Ⅵ 優先権認知の法律効果―59
Ⅶ まとめ―61
第二点 パリ条約第四条の解釈適用の誤り―66
一 審決の誤り―67
二 原判決の誤り―86
第三点 特許法第二九条第二項の解釈・適用の誤り―90
上告理由
序論--事実関係および問題の所在
1 一九七四年一月一五日に、フランス法人の上告人がフランス国で一つの発明を出願した。その発明は読み取り光線を一部反射させまたは一部透過させる情報媒体上へ焦点合わせするための装置に関するものであった。この出願(以下「特許出願A」と称す。)は一九七五年一二月一二日に公開され、特許第七四〇一二八三号として特許された。一九七五年五月一六日に上告人はフランス国でこの発明の改良を出願(以下「特許出願B」と称す。)した。特許出願Bの対象にある課題は、特許出願A中に記載された焦点合わせ装置を電気的な情報読み取り信号の発生に応用することにある。この課題は特許出願Bによると次のようにすることによって解決される。すなわち、特許出願Aの中に記述されている発明を基にして単に補正信号を得るために用いられる検出要素を特別な加算回路に補助的に持続し、該加算回路に電気的な情報読み取り信号を与えることによってである。上告人はこの改良発明に対して追加証明(certificat d'addition)を求めた。これは第七五一五四三三号として申請により付与された。
2 前述の二つの発明について上告人は他の国々において保護を得ようとした。特許出願Aの中に記載されている発明の対象に関してドイツ連邦共和国(以下「ドイツ」と称す。)と日本で同じ特許出願を行なった。ドイツでは、一九七五年一月一四日に特許出願Aの優先権主張のもとに同じ特許出願をし、後日ドイツ特許第二五〇一一二四号として特許付与された。日本でも、一九七五年一月一四日に上告人が同じ特許出願(以下「特許出願C」と称す。)をし、同じく特許出願Aの優先権主張を行なった。この出願は一九七五年八月一六日に公開され、最終的に日本特許(特許第一四六四七六〇号)を得るにいたった。
特許出願B中に記載されている発明の対象についても上告人は対応した出願をドイツと日本に行なった。一九七六年五月一三日にドイツでなされた出願は特許出願Bの優先権を主張し、一九七六年一一月二五日に公開され、追加のドイツ特許第二六二一三一九号として付与された。付与されたこの出願に対してヘル有限会社より異議申し立てがなされた。ドイツ特許庁の特許部の一九八三年一二月二一日付の異議決定によってこの異議申し立ては理由がないものとして退けられて、この追加の特許は維持された。この異議決定の判断(決定書の五を参照のこと。)は、優先権主張を有効なものとして認めている。
日本でもこの改良発明に対しての保護を求めるべく、上告人は一九七六年五月一七日に日本国特許庁に特願昭五一-五六四二六号として出願(以下「本願」と称す。)をし、同時に--ドイツでしたのと同じように--特許出願Bの優先権主張をした。しかしながらドイツ特許庁とは違って、日本国特許庁の査定不服審判ではこの改良発明についての出願を一九八九年一月一〇日の審決で拒絶した。
3 分かりやすくするため以下の表で重要なデータについてもう一度時系列にそって再収録しておく。
一九七四年一月五日 フランスで原発明の出願
(=特許出願A)
一九七五年一月一四日 日本で原発明の出願(=特許出願C)
一九七五年一月一四日 ドイツで原発明の出願
一九七五年五月一六日 フランスで追加発明の出願
(=特許出願B)
一九七五年八月一六日 特許出願Cの公開(日本にて)
一九七五年一二月一二日 特許出願Aの公開(フランスにて)
一九七六年五月一三日 ドイツで追加発明の出願
一九七六年五月一七日 日本で追加発明の出願(=本願)
4 日本国特許庁の一九八九年一月一〇日の拒絶審決において重要だった問題は、上告人が本願について特許出願Bの優先権を主張する権利を有することができるか、であった。十分な議論を尽くしたのち、査定不服審判合議体はこの問題を否定し、それゆえこの発明を優先権主張時点の公知例とではなくて日本での現実の出願時点(一九七六年五月一七日)の公知例と比較した。
その際本願には--他の引用例とともに--まず(日本における)原発明の特許出願Cの公開公報を引用例とする拒絶の理由が示された。審判合議体の言うところによると、二つの引用例を組み合わせること、すなわち特許出願C中に開示されている技術的内容に到達することは当業者にとって容易である、とされた。
本論
第一点 パリ条約の基本理念についての原判決の誤り
--パリ条約第四条の解釈適用の誤り--
優先権の適用をめぐる問題において、パリ条約第四条の解釈をするに当たっては、同条約の基本理念にしたがって解釈が行なわれなければならない。
しかるに、原判決は、「本件は、第一国(フランス国)にした後の出願である特許出願Bに係る発明が同国に最初にした出願である特許出願Aに係る発明の構成部分とこれに含まれていない構成部分とを含んでおり、両構成部分がそれぞれ独立して発明を構成する場合において、第二国(我が国)に後の出願である特許出願Bに係る発明と同一の構成を有する発明(本願発明)について特許出願した場合に該当する」としたうえで、「本願発明の構成要件(a)ないし(e)からなる構成部分については、特許出願Aが最初の出願となるものであり、本件出願は、その発明の全てについてフランス国の出願に基づく優先権を主張せんとする限り、構成要件(a)ないし(e)からなる構成部分については特許出願Aに基づき、構成要件(f)からなる構成部分については特許出願Bに基づき、それぞれ優先権を主張する必要があったというべきである」として、本願発明の全ての構成要件について特許出願Bに基づく優先権の主張をすることは認められないとの結論を導いているが、以下に詳述するとおり、パリ条約の基本理念に沿って同条約第四条を解釈すれば到底このような結論には至らない。
原判決は、パリ条約の基本理念を没却し、同条約第四条の解釈適用を誤ったものであり、これが判決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかである。
以下項を分けて論ずることとするが、本願自体も上告人の主張した優先権の基礎となっているフランス特許出願Bも、いずれも特許出願Aに開示された発明の改良発明であるから、まずフランスの追加証明書の法的性質を検討しそして類似の国内法規の典型例について比較法的展望をすること(Ⅰ)が目的に合っているように思われる。その後、改良発明をパリ同盟条約の優先権の枠内で扱うときの基礎となる原則を示したい(Ⅱ)。これによって中間結論として、原則として追加証明の出願にも優先権の主張が認められるのかについての問題への解答が可能になる。その後で具体的なこの事件において特許出願Bの優先権主張が正当かどうかについて述べたい。
これは、一方で、特許出願Bと本願の間の同一性の問題を持ち出す(Ⅲ)とともに、他方で特許出願Bが最初の出願と認めるべきかどうかの問題を提起する。
後者の問題提起は詳しい検討を要する。そこでまずパリ同盟条約の「最初の出願」の原則の意義と適用範囲を改良発明について述べることとする(Ⅳ)。そこから得られた原則を次に具体的事件に適用して、優先権主張のある出願の正当性を判断する(Ⅴ)。、有効な優先権主張の法的効果は--係争中のこの特許出願に関して--同じくなお短かな説明を必要とする(Ⅵ)。最後に結論をまとめる(Ⅶ)。
Ⅰ 比較法的視点でのフランスの追加証明
1 発明の創作的活動もダイナミックなイノベーションプロセスであるということは、近代的研究・開発のダイナミックな性質に対応している。つまりこれは--例外は別としても--最初の特許出願との関係が断ち切れないものである。むしろ、創作的活動は発明者または彼の企業によって、その最初の出願ですでた保護のもとに置かれている新規な製品や方法の開発が最良点に達してしまうまで継続される。したがってしばしば原出願の発明の継続的開発・改良であることが多い。そこで実際には重要な法規はすべて、特許制度がこの「発明することのプロセス的性質」を考慮に入れてそしてかかる後続・継続・改良の発明のための保護の必要性を正当に判断する規定を自由に使いこなせるようにしなければならない、といった認識に立ってきた。このことは特に次のような--数量的圧倒的に多い--特許法の規定について当て嵌まる。すなわち、そこでは発明者が、先願主義のゆえに、公知技術から際立ち、かつそれ自体で保護の受けられる最初の断片でまだ終結していない開発プロセスからのものを示す発明者の基幹発明をできる限り速やかに出願するよう努めなければならない、としている。かかる規定の存在はさらには公共の利益に寄与している。つまり発明者に彼の基幹発明の開示をしのぐ継続的開発についての新しい技術情報の開示を勧めている。
2 上述した目標設定を促進するために、フランスの特許制度は--一八四四年にすでに--いわゆる追加証明なる法制を知っている。それの基本的許容は、今日、特許法第三条第一項第三号から明らかである。追加証明にも--フランス特許法第三条第二項により--特許に関するすべての法規定が準用されることになっている。もちろんフランス特許法第六二-六六条の特別規定が優先的に適用されるのであるが、このことから次の原則が生じてくる。「追加証明の寄与」は、出願の対象が、主特許の少なくとも一つのクレームに関連しているとき認められる(フランス特許法第六二条第一項を参照)。それにもかかわらず、追加証明の出願対象自体すべての特許要件を満さなければならない。すなわち、とりわけ新規性、発明的活動(インベンティブステップ)、産業上の利用性を有しなければならない。しかしながら保護適格についての審査には、追加証明書の出願日が基準となる。この限りでは主特許出願の優先日を援用することは出願人には絶対出来ない。
追加証明によって保証される保護が主特許の期間満了と同時に終了するにもかかわらず、追加証明の基本的な自立性は顧慮されている。この自立性は、どの追加証明の出願も--出願人の申請により--特許出願に変更することができる(フランス特許法第六条第二項)という規定から明らかなことは言うまでもない。
追加証明の重要な長所というのは、明らかに出願人にとって、出願人は年次料金を支払う必要がない、という点にある。
3 追加の特許の付与の可能性は、他の多くの国々の特許制度中にも存在している。ドイツの法律では追加の特許は、長い間、改良・継続的開発の発明に対して認められる保護タイトルとして認識されており、かついわゆる国内優先権制度の導入にもかかわらず、引続いてドイツ特許法第一六条の中に規定がみられる。日本特許法も特許法第一三条にて追加の特許の付与を行なっていた。
4 これと並んで特許法規は、発明のプロセスの性質を考慮に入れてその他の法律制度を構築してきた。列挙すると、--割合早くからのイギリス出願手続き中に適用されていた。「プロビジョナル スペシフィケーション」(Provisional Specification)と「コンプリートスペシフィケーシヨン」(Complete Specitication)との区別のほかに、--アメリカで長い間認められてきたコンティニュエーション・イン・パート(Continuation-in-part、一部継続)出願および多くの国(とくに日本、ドイツ、イギリス)が近年各国内の特許制度中へ導入した、「国内優先権」がある。両者とも出願人は自己の発明の改良・継続的開発を最初の出願をしたあと一定期間内に含めることが可能となる。
それどころか、コンティニュエーション・イン・パート出願(以下「CIP出願」という。)によって基礎出願の開示が、追加事項でもって補強乃至改善されることができるのである。法的明文がないにもかかわらず、基礎出願は一般にCIP出願の提出後放棄される。CIP出願については普通二つの出願日が適用される。アメリカ特許法第一二〇条によると、第一一二条を満足する基礎出願中の開示によって保護されているCIP出願のクレームには基礎出願の出願日が認められる。これに対してCIP出願の補強された「詳細な説明」によってはじめて支持されるクレームに対してはCIP出願の出願日が基準となる。
このCIP出願のモデルと似ているのが、--前述したように--今日日本、イギリス、それにドイツで行なわれている国内優先権の制度である。三か国の法規によれば、出願人はまず基礎出願をし、ついで改良出願を行なうことが出来る。その場合に出願人は--その基礎出願中にすでにはっきりと開示されている部分に関して--基礎出願の優先日を要求することが出来る。しかしながら第二出願が基礎出願以上に多く開示している限り、その範囲内でその第二出願には単に第二出願の本来の出願日が適用されるにとどまる。
5 以上まとめると、各国の法律規定は各々違った規定のなかで発展してきたが、発明者の基幹発明を発展的に開発した発明者の要求を正当に扱うべきとする認識が生じた。ドイツの法律は追加の特許も「国内優先権」の主張も認めるとしているのに対して、フランスの法律では単に追加証明の可能性が存在しているだけであり、しかしながらここで検討している残りの国々(イギリス、日本、アメリカ)では国内優先権の主張の可能性が定められている。どの法規モデルにとっても共通していることは、「発明の複合」のうち基礎出願の中にすでに開示されている部分については基礎出願の出願日が適用されるのに対して、発明の複合のうち後の出願の中で始めて開示された部分については後の出願の出願日が該当する、ということである。このことは追加証明ないしは追加の出願の場合に明白である。なぜならここでは普通二つの別な分離した出願が--そして後にうまく行けば二つの保護タイトルが、--存在するからである。しかしこの原則は--前述したごとく--特許法規が国内優先権を認めているケースに対してもあてはまる。それというのも発明の複合のうちすでに開示されている部分に対してしか常にこれは関係しないものであり、相違する部分に対しては単に第二出願の日付が適用されるにすぎないからである。
Ⅱ パリ同盟条約の優先権における改良発明の出願
1 国内の特許制度の中だけではなくて、パリ同盟条約の中においても、発明をするということはイノベーティブなプロセスであり、これは一つの特許出願をすることで完全に終了するということはまれである、との事実を考慮している。パリ同盟条約の多くの規定には、まさにかかる事実を考慮して適切な国際的保護の獲得を発明者に可能にせしめかつ簡易化する努力が反映されている。このことはとくにパリ条約の支柱の一つである優先権についてもあてはまる。これについては以下に詳しく述べることとしたい。その場合、ここで直接重要となる追加の特許と追加証明のパリ同盟条約制度への関係づけ(a)のほかに、複合優先と部分優先の認知(b)について検討する。更に、改良発明に関する優先権の基本原則の理解のためのパリ同盟条約の形成(c)が必要である。
(a) 追加の特許および追加証明の同条約の制度への関係づけ
(1) パリ同盟条約で、日本もフランスも拘束されているそのストックホルム改正条約の第一条(4)には次のように述べられている。
「 発明特許には、輸入特許、改良特許、追加の特許、追加証明などのような同盟国の法規に基づいて認められる各種の工業的特許が含まれる。」
(2) この規定は--実際はその今日の骨組みにおいて--ハーグの一九二五年改正会議ではじめてパリ同盟条約の中へ採用されたものであるが、この規定は先駆的規定にさかのぼっている。
パリ同盟条約の最終議定書は一八八三年のパリ同盟条約の起源的構文の集大成された構成要件を形成していたものであるが、その最終議定書の第(2)項にすでに、発明特許について述べている協定のどの規定も改良特許についても準用される、と明記されていた。すなわち、一八八〇年のパリ国際会議時委員会作業の枠のなかで投げかげられた問題は、「発明特許」なる概念をどう把えるべきか、であった。種々の国内立法のなかには改良特許や輸入特許も存在していることを意識していたので、適切な解明を求める要望が表明されたのである。かかる点は最終議定書の第(2)項のような表現によって応えられた。この規定は、内容的にわずかばかりの改正を経て、(一九一一年の)ワシントン改正会議で最終議定書の中の「Ad第二条-A」項として残っている。
(3) 一九二五年のハーグ改正会議では、最終議定書の解釈規定を条約自身のテキスト中へ集約することが決定された。その際、更に「追加の特許」および「追加証明」なるものの概念が、はじめて説明された。しかしながら追加の特許と追加証明とをとりたてて言及することに内容的に広く拡張する意図はなく、単に精確な表現をしたにすぎないという意味のことを、フランス代表団の提案で改正が行なわれたそのフランス代表団が自ら明確に語った。これについて提案理由説明を編集委員会はその総会への報告の中で次のように述べた。
『 この議定書が最初から包括している各種の特許に改良特許が含まれているので、しかも論理的かつ完全な第一条を創設する努力をしたので、--若干名の技術者の提案により、それも特にフランス国のそれにより--多くの国では何ら法的意義を有していない「改良特許」なる表現に、一つの国においてあるいは他の国において適用されかつ特別な意義を持ちうる「追加の特許」および「追加証明」なる単語をつけ加えるのが、適当と考えられた。』
(4) 一九二五年以来改正されずにいる第一条(4)の整然とした立場からわかることは、その中に含まれている解釈規定が条約法に基づく原則や規定すべてにあてはまる、ということである。そこでは発明特許について次のように述べられている。すなわち、特にボーデンハウゼンも説明しているごとく、第一条(4)の目的は上述の種類の特許がすべて条約の適用へ関係させられている。「国内での扱い」に関してだけではなくて条約自体が予定している規定に関してでもある。この条約自体によって予定されている規定にまず最初にあげられているのがそこで保護されている優先権である。したがって第一条(4)の明快な文言と同条約の体系とからただちに判明することは、追加の特許および追加証明のいずれも優先権の基礎になりうる、ということである。
この結論には実際に一致している国際的な文献での解釈も同調している。これの法解釈はすでに初期のころパリ同盟条約の枠内で行なわれた。これについては特徴的な例を一つあげて後で説明する予定であるが、一九八五年には同条約国際事務局が次のような質問を受けている。すなわち、
「 フランスとべルギーとで特許を取得したフランスの発明者はベルギーで改良特許を出願することができるか、そして--条約第四条により規定されている六か月の優先権期間内に--同一の発明について追加証明を申請することができるのか。」、と。
同事務局はこれについて次のような法律案内を示した。
「 この発明者はこれを行うことができる。優先権期間は追加証明にも発明特許と同じように適用される。」、と。
(b) 複合・部分優先の認知
(1) 国際的な保護制度は発明することのプロセス性を認識して発明者に適切に出願をし易くする配慮があったけれども、条文としてはパリ同盟条約第一条(4)にみられる表現だけにとどまる。むしろその配慮は、条約規定に基ずく優先権が経験したその発展過程の中にも見うけられる。すなわち、(一九三四年の)ロンドンおよび(一九五八年の)リスボンの改正会議においてであるが、いわゆる複合優先と部分優先とがこれである。
(2) 複合優先の要望はすでに早くから出てきており、一九一一年のワシントン改正会議のために国際事務局が作成した提案からもそれがうかがえる。これに関する理由は次のように略述された。すなわち、「発明者が最初の特許出願の提出後優先権期間経過中に自分の発明の改良を行なうことがあり、そしてこれについてその発明者は通常の特許かあるいは追加の特許または追加証明を申請する、といったことがしばしばおきる。そこで出てくる問題は、関係者は自分の発明を一つまたは複数の同盟国において特許を得ようとする際、それらの発明のすべての要件をたった一つの出願の中にまとめてしまうことができるのか、それともその人は外国において、最初の出願において自分の発明について行なった順ごとに多くの特許を出願しなければならないのか、であった。後者の--やや厳しい--解決法は、発明的天才を助長し鼓舞させることをねらっている同盟条約の精神にはふさわしくないように思われる。」、と。この提案理由からわかるように、国際事務局は当時自明のこととして次のことを前提としていた。すなわち、発明者には、後に出願された改良を含めて自分の発明に関する権利が少なくとも次のことによって国際的に保証されることができるという前提である。すなわち、発明者が他の同盟国にまさに多くの分離した出願をなしかつその際その都度それの基礎となっている最初の出願の優先権を主張することによってである。これに関連して得るところが多い文献に、--その数年前に実施された--国際事務局のアンケートがある。そのアンケート結果は一九〇五年の「La Propriet e industrielle」にて公表された。一六の国々(その中には日本も入っている。)が、このアンケートに解答を寄せている。それによると、すでに当時同盟国は--国際事務局自体と同じように--、追加の発明が改良発明に関して独自の--主出願から分離して--優先権の基礎になる、ということで一致していた。意見が別れたのは、単に、その発明者が後の国で二つの出願をまとめることができるのかどうかという問題だけにすぎなかった。-日本側からは、そのとき、外国の追加の特許出願については日本では個別の出願をしなければならない、との見解が述べられた。Pro.ind.一九〇五、一一七ページ(特に一二〇ページ)を参照のこと。
複合優先の認知は、ワシントンで目ろまれ、その後ロンドン(一九三四年)で実現されたのであるが、これはもちろん--その後出てくる--発明者の次のような可能性には触れていなかった。すなわち、最初の出願国における分離した出願については後の国においても分離した出願をなす可能性である。むしろ発明者には--簡単化のために--発明を後の改良をも含めて他の国でまとめて出願する追加の二者択一が開かれる。ここから、複数の出願からまとめられた後の出願の部分にはそれぞれ別の優先日があてはめられる、という結論が出てくる。この複合優先は、複数の出願が最初の出願国にて時間的に非常に短期間のうちに相次いでなされたため、最初の(主)出願についての一二が月の優先権期間がまだ維持されることができるときにのみ可能である、ということが明らかである。
(3) 一九五八年にパリ同盟条約の中へ採用された部分優先も、自分の発明を継続的に開発している出願人に対して優先権を適切に引用できるようにする国際的制度の努力がみられる。つまり、パリ同盟条約第四条Fは、発明者の後の出願の中に発明を継続的開発に沿ったしかたで明細書の発明の詳細な説明の中にたとえば追加の要素を含めることによって明示する発明者のケースについても明示的に規定している。かかるケースでは、後の出願が行なわれる国は、発明者に対して優先権への引用を拒んではならない。しかしながらもちろん、最初の出願の中に含まれていない特徴点にまでは、この優先権は関与しない。この特徴点に関しては、通常の条件のもとにおいて後の出願に優先権が生じる(パリ同盟条約第四条F)。
(c) 改良発明の出願に関しての優先権上の原則
(1) 優先権について、発明者が時どき自分の発明を開発するという事実から出てくる問題をパリ同盟条約は実際に当初から認識していた。その今日の形態ではパリ同盟条約は発明者に最大可能の選択の自由を与えている。なぜならば--そしてこれが国際的保護制度の原則であるが--発明者は自らのなした継続的開発の開示を、それがすでに母国においてであれ、後の出願国においてはじめてであれ、鼓舞されねばならないからである。この場合次の三つの択一が出願人に自由となっている。
--パリ同盟の創設以来最も古くかつ実際に問題なしとみなされた可能性は、発明者が主特許出願および追加の特許出願を最初の出願国で行ない、そのあと後の出願国でそのつど対応する出願を行なうことにある。その場合発明者はその都度対応する出願の優先権を引用する。つまり最初の出願国での後の出願、とくに追加の特許出願、は独自の優先権の基礎になる。
--複合優先の認知は、発明者に、「発明の複合」の開発があまり短い時間で順次出願を最初の出願国にてなしたような例外ケースの場合に、その発明の複合を--最初の出願後一年以内に--後の出願国でただ一つの出願の形でまとめるという追加的可能性を保証している。しかしこの場合でも最初の出願国における後の出願、すなわち特に追加の特許出願は独自の優先権(すなわち、「複合優先」の概念)の基礎になる。
--部分優先の認知は、最初の出願国において発明者が改良発明をまだ後の出願によって開示していないケースにおいて発明者に対して簡易化することを意味している。そしてその発明者に、改良発明を単一出願の枠内で後出願国で開示することが出来るようにしている。その場合発明者には、最初の出願国での出願によってすでに開示された発明の複合のうちの一部分について最初の出願の優先権を主張できる権利が認められた。しかしながら後出願国でようやく開示された発明複合の部分については、後出願の国での出願時のみが該当する。
(2) 条約がその優先権の形成により、自己の発明を継続的に開発している出願人に対して提出しているこれらの選択可能性のいずれの場合においても、ある決定的な原則がはっきりした。すなわち、この優先権は、発明がその都度対応している最初の出願の中で開示されたとき、常にその範囲内においてのみしか主張してはならない、という原則である。
したがって、第一の中間結論として、追加の出願は基本的に独自の優先権の基礎となることが確立している。
Ⅲ 特許出願Bと本願の同一性の問題
1 パリ同盟条約による優先権の精神と目的とから出てくることは、先の出願の発明の対象は後の出願のそれと同一でなければならない、ということである。この原則はそれゆえに自明のこととして国際的な学説・判例でも認められている。
同一性の審査が行なわれなければならない種類と仕方に関して同条約はその第四条H項において次のように規定している。
「 優先権が主張されている発明の特定の特徴部分が最初の出願国の特許出願中に含まれていないときであってもその出願明細書の全体がかかる特徴部分をはっきり開示している限りにおいてのみ、優先権が否定されてはならない。」
この規定は一定の柔軟性を備えている。同条約の意味する同一はたがいに比較すべき二つの出願の文言的な同一ではない。それというのも文言の同一は意味のないことであり、しかも出願人にとってしばしば満たされることの難しい条件であり、それゆえに最終的にも不可能だからである。なぜなら国内の立法が、どのように発明の詳細な説明と特許請求の範囲とが構築されなければならないかの点で部分的にかなり違っているからである。
2 今問題となっている本件においては特許出願Bと本願との間には疑いなく同一性が存在する。両出願とも主特許の継続的開発を開示しておりおよびクレームしている。そこでは、主特許中に記載されている発明にしたがって補正信号を得るのに用いられる焦点合わせ装置の検出要素が、同時に情報読み取り信号を得るのにも用いられている。両出願は発明の詳細な説明でもかつ特許請求の範囲でも一致する。
Ⅳ 最初の出願の問題--総論
1 パリ同盟条約に強く結びついている原則といえば、「同盟国における最初の出願」に関してしか優先権は有効になり得ない、ということである。
これの主たる理由は連鎖優先の防止である。これによって出願人が、同盟国における後の出願へ結びつけることによって優先権期間を現実に延長し、したがってまた後の出願国における特許保護の開発を遅らせるといったようなことを出来ないようにしている。
2 しかしながらこの原則は次の方向へ走ってはならない。
すなわち、出願人に対して、出願人が母国の特許制度の対応する規定(追加証明、追加の特許、国内優先、コンティニュエーション・イン・パート出願)によって追加的な後の開示を鼓舞されたその自分の発明の継続的開発・改良について同盟の優先権主張が阻止されるといった方向へである。自分の発明を改良する出願人に負担を増大させるように「最初の出願」の要件を解釈することは、不公平であり、かつ--これまで詳述してきた--パリ同盟条約の原則に違反している。このことはもし国際的な文献もこの問題を取り扱うとしたら、やはり正しいとは認めないであろう。たとえばラダス(Ladas)氏の国際的な特許法・商標法に関する三巻から或るスタンダードワークの中では次のようになっている。
「 追加の特許出願のためのパリ同盟条約上の優先権に関して次のような問題が出てくる。すなわち、追加の特許は最初の出願国での出願後一二か月の期間経過までになされると主出願に結びつけられているとみなければならないのか、その結果主出願についての条約上の優先権が追加の特許のための出願に対しても適用されることになるのか、それとも後者はそれ自身の条約上の優先権を生むのか、である。論理的に、かつ優先権の理論の視点から、条約は追加の出願の優先権の独立した権利の利益を否定しているようには思われない。」
この法解釈はすでに詳しく証明された国際的実務と一致している。
3 この解釈の正しいことの他の間接的証明として、アメリカのCIP出願の優先権上の取り扱いに関する次のような国際的実務からもうかがえる。すなわち、
すでに述べたように、その場合問題となるのは、最初の出願の係属中に同じ出願人が行なった出願であってしかもその係属中の出願の中に開示されている発明を超えて新規な追加的開示が含まれているものである。国内法によると同一部分に関しては最初の出願日を、そして初めて開示された超えた部分に関しては第二の出願日をその出願は含むことになる。これと同じ解決法は国際的優先権の認知にとっても生じなければならない。なぜならそれも発明の開示のそれぞれの時点が標準とされるからである。原出願とCIP出願との間に余りに大きな
時間差があり、したがってCIP出願だけしかパリ同盟条約第四条Cによる優先権期間の中へ入らないときは、後の出願の際この部分についてしか部分的な優先権は生じない。この原則にしたがって多数の同盟国での実務も行なわれている。日本の審査基準もこの原則を正当としている。すなわち、日本国特許庁の出している特実出願の便覧第一五、一二A節によると、単にアメリカのCIP出願の優先権のみに基づく後出願があったときは、次のようにするとある。すなわち、
(1) 日本への特許出願に係る発明がCIP出願の明細書の中にのみ記載されている事項をその要旨としているときは、CIP出願の出願日を優先権主張日として優先権を認める。
(2) 日本への特許出願に係る発明が、原出願の明細書およびCIP出願の明細書中に共通に記載されている事項を要旨としているときは、優先権の主張を認めない。
(3) 日本への特許出願に係る発明がその要旨中に原出願の明細書およびCIP出願の明細書中に共通に記載されている事項と、CIP出願の明細書中にのみ記載されている事項とを包含しているときは、CIP出願の明細書中にのみ記載されている事項についてだけ優先権主張を認める。
4 CIP出願についてのこのような国際的に認められた優先権の取り扱いは、以前にイギリスの出願に関して打ち立てられた国際的な次のような実務にも一致している。すなわち、
かってイギリス法のもとで出願人がまず差当って提出したいわゆるプロビジョナル明細(Provisional specification)と後で提出するコンプリート明細書(Complete specification)との間に違いがあった。後の出願が諸外国に行なわれかつその際イギリスの優先権が主張された。そこで各国の法規でそのコンプリート明細書が、その開示内容の中でプロビジョナル明細書を超えているとき第四条(C)(2)の意味での「最初の特許出願」と見ることができるのかどうか、という問題が生じた。この問題は完全に支配的な判例および文献によって--正当にも--各国で肯定された。
5 次の中間結論として確認できることは、国際的な実務も、判例も、文献も、発明の継続的開発・改良の枠内での「同盟国における最初の出願」の要件はほとんど一致して次の原則にしたがって取り扱われている、ということである。すなわち、
発明者が最初に出願された発明の改良について後出願し、当該後の出願の枠内で母国でその改良を開示したとき、この改良に関して独自の優先権が発生する。詳しくは次のことが当て嵌まる。
後の出願が最初の出願とは異なる対象に限定しているとき、優先権はそっくり後の出願まで伸びる。逆に後の出願が最初の出願によって開示された対象もそしてそれとは異なる対象も包含しているとき、後の出願に関する優先権は単に後者の対象しか捕えない。
ただはっきり例外として印されるべきケースである、後出願が何も違ったところがなくて最初の出願中にすでに開示されている対象だけが復唱されているにすぎないケースでは、優先権はひっくるめて否定されるべきである。
Ⅴ 最初の出願の問題--具体的審査
1 このようにして得られた原則を具体的に、本件の事実関係に当て嵌めてみる必要がある。すなわち、特許出願Bの発明対象が、特許出願Aによって開示されたそれと異なっているかどうかが審査されるべきである。この問題が肯定されることができるとき、上告人は本願の枠内で完全に特許出願Bの優先権を主張出来る。
2 これとの関係で必要と思われることは、考えられる次の二つの反論についてその正当性を検討することである。
第一の考えられる反論は、特許出願Bがすでに完全に特許出願Aの中に一緒に含まれておりかつ一緒に開示きれている(a)という主張である。この主張が仮りに正しいとすると、特許出願Bの優先権は否定されねばならないだろう。第二の考えられる反論は、特許出願Bが特許出願Aと一部分しか異なっていないとする命題にある。なぜならば、特許出願Bの発明の詳細な説明の中には--新規な発明対象の開示のほかに--主発明の発明の詳細な説明への関連づけがなされていてかつこれが部分的に再現されているからである。この命題が仮りに正しければ、上告人は特許出願Bの優先権は部分的にしか主張できないことになろう。つまり特許出願Bが特許出願Aと異なっている部分に関してしか主張できないことになろう。二つの議論を以下で詳しく検討する。
(a) 特許出願Aと特許出願Bとは完全に同一である、という反論
(1) 特許出願Aの対象は、読み取り光線を一部反射させまたは一部透過せる情報媒体上へ焦点合わせするための装置であり、非点収差の光学装置によって、かつ、光電素子から成る検出装置とによって特徴づけられる。その場合その検出装置は、情報媒体が光源に比べてズレたとき補正信号を与えるようになっている。
特許出願Bの対象には、次のような課題が基礎になっている。すなわち、特許出願Aの中に記載されている焦点合わせ装置を電気的な情報読み取り信号の発生に応用することである。この課題を解決するには、特許出願Bによると、特許出願Aの中に記述されている発明を基にして単に補正信号を得るために用いられる検出要素を特別な加算回路に補助的に接続し、該加算回路に電気的な情報読み取り信号を与えることによってである。
特許出願Bの基礎になっている課題も、この課題を解決するため特許出願Bの中に記載されている手段もどちらも特許出願Aの中には含まれていない。特許出願Aが関係しているのは、焦点合わせ装置自体だけであり、情報の読み取りを行なうべき態様と方法とについてはほとんど取り組んでいない。特許出願Aの発明の詳細な説明がこれに関して行なっている唯一の注目点は、フランス特許第七四〇一二八三号明細書の第二ページの次の全体で二行の文中に見い出される。
「 このようにして得られた変調された光学的信号は、そのうち、記録された情報の再現を、ここに記載しないけれども従来の方法を用いて行なうことが可能となる。」
これとは対照的に、特許出願Bにはその特許請求の範囲の中にもまたその発明の詳細な説明の中にも、特許出願Aの中に記載されている焦点合わせ装置を用いて、記録された情報の再現の問題が取り扱われている。このコンビネーションのみが特許出願Bの特許請求の範囲の対象である。
(2) このような違いにもかかわらず、特許出願Bが特許出願Aと優先権的観点で同一とみられるべきかどうかについては、パリ同盟条約によって作成された乃至は国際的な判例および文献に現われている同一性の審査の原則を手がかりに判断する必要がある。
この場合に注意すべきことは、通常のケースでは同一性の肯定は後出願人の利益となるように作用する、ということである。しかしながら後の出願をした人が--本件のように--後の出願を引用したがっているときは、後の出願と最初の出願とる同一性を肯定することは当該後の出願人にとっては不利となる。それにもかかわらず--すでに内部論理の理由から--両ケース状況についての同一性の審査の原則は違えてはならず、両方向へ作用しなければならない。
(3) 最初の出願の開示内容をつきとめるにあたり特に重要となるのが--すでに述べたように--パリ同盟条約の第四条H項である。そこからは二つの原則がでてくる。その一つは、開示内容をつきとめるためには出願書類すべてが利用されなければならないということである。したがって最初の出願と後の出願との特許請求の範囲だけを互いに比較することは適切でない。その理由から、パリ同盟条約第四条H項に明確に表現されている一定の「弾力性」と述べるのが正当である。
いま一つの原則は、しかしながら先の出願と後の出願の間に同一性が出てくるのは、後の出願の特徴が先の出願の中にはっきりと開示されているときでしかない、という原則である。
この限りで同条約についてすでにドイツ語の公定訳文に表現されているstrenge(厳格)は英語とフランス語の公定訳文で強調されて、「正確に開示する」(「r'eveler d'une fo〓on pre'cise」)、ないし、「明確に開示する「(「specifically disclose」)と述べている。この場合フランス語の公定訳文が決定的な意味を持っている。なぜならパリ同盟条約第二九条(1)(C)によると、条約文の解釈に相違が生じたときは必ずフランス語の公定訳文に立ち戻らねばならないからである。
(4) 優先権上の同一性の審査に関して展開されてきた国際的実務を分析してみると、次のことが判明する。すなわち、
同一性審査の際には(最初の出願国の法律かそれとも後の出願国の法律かの)どちらの国内法がパリ同盟条約第四条H項とともに補強的に考慮されるべきなのかといった抵触法上の問題が出てくるが、この問題には逆転判決がなされている。国際的な文献や判例における十分に圧倒的な解釈は、後の出願国の法律の適用可能性から出発している。しかしながらこの逆転については本件では最終的に態度を決める必要はない。なぜなら、パリ同盟条約第四条H項がここで扱われるべき問題について十分なる条約による基礎を示しておりかつこの条約の規定は日本では純粋な法律よりも優位にあるからである(日本国特許法第二六条)。
パリ同盟条約第四条H項の解釈に関して国際的な論争の中に実質的に二つの主たる傾向を見い出すことができる。すなわち、厳格な、規定の文言どおりの指向をする解釈と、比較的ゆるやかな立場である。
両方の傾向を以下で簡潔に述べることとする。
(5) 比較的ゆるやかな立場によれば、優先権上の同一性のためには必ずしも、後の出願の対象が文言どおりにかつはっきりと先の出願の中に記載されていることは必要ではない、とされる。むしろ明確には言及していない発明の個々の特徴を当業者が最初の出願時における彼の知識と経験をもってすれば最初の出願の全鉢から難なく、すなわち、長くかかる考察や詳しい熟考などをしないでも思いつくのであればそれで十分だとしている。そして優先権上の同一性は、次のようなケースすべてにおいてもなお肯定されるべきだとしている。すなわち、当業者が先の出願を読んだとき「一緒に読み取る」「平凡な自明性」だけしか後の出願の開示で扱っていないようなケースにおいてである。
(6) これに対して、優先権上の同一性の厳格な解釈によれば、次のことが要求される。すなわち、後の出願のすべての特徴が先の出願の中にはっきりと述べられていることである。したがって最初の出願の中に単に示唆的に含まれているような特徴は優先権の対象としては考慮されない。この厳格な解釈は国際的実務および判例でしばしば支持を得ている。たとえば次のような例がわかりやすい。
ヨーロッパ特許条約はパリ同盟条約第一九条で意味する特別協定であり、したがって必要に応じて優先権をパリ同盟条約と一致するようた規定しなければならない。このようなヨーロッパ特許条約のもとでヨーロッパ特許条約第八八条(4)はパリ同盟条約第四条H項に対応している。ヨーロッパ特許庁の実務では、優先権は前の出願の中に開示された発明よりも広く及ばない、ということで認識が一致している。たとえばヨーロッパ特許条約第八八条(4)はヨーロッパ特許庁の審査基準の中で次のような注釈がなされている。「開示がはっきりしていなければならないという要件が意味するところは、該当する特徴が出願書類の中に示唆的に含まれているときあるいは単に概略的におよびまったく一般的にそれとの関係が取り上げられているとき、それでは不十分である。特定の特徴を詳細に述べる実施例についての特許請求の範囲のためにこの特徴を優先権書類の中へ単に一般的に引用しても優先権を主張することはできない。」
オーストリアでは、特許庁の抗告部は、一九五九年九月一八日のその審決の中で、「優先権書類の審査のさい開示されているとみなすことの出来るのは、書類の中から実際に取り出すことの出来るものに限られ、したがって省略された部分は開示されているとは見なされない。」と、はっきりと強調している。したがって、前の出願中には必ずしもすべての方法ステップが明確に開示されていたわけではないので、同一性は退けられた。出願人は、アメリカにおける前の出願時に方法ステップをすべて開示することはアメリヵですでに物質保護の可能性が存在しているため不必要であった、という反論をしたものの、とるに足らないこととして退けられた。
アメリカでは、CCCPもそのカワイ対メトレシックスの判決のなかで、厳格な解釈を採り入れた。同一性が否定された理由は、発明者が最初の出願の中に発明の有用性について何ら記載していなかったからというものであった。同様にして日本では東京高等裁判所で「ヘキスト」(Hoechst)社の事件の中で、優先権上の同一性が肯定されることができないのは、先の出願が--後の出願と異なって--実施例を備えていなかったからである、とした(東京高等裁判所昭和五二年一月二七日判決、無体財産例集第九巻第一号一六頁)。
(7) 示された法解釈のどちらに従うべきかについて最終的な判断をもし行なうべきだとしたら、--解釈の問題にとって基準として--パリ同盟条約第四条H項のフランス語の公定訳文の明快な文言を目の前にすると、最後に示されたより厳しい立場の方によりよい議論が味方をするであろう。しかしながらこのようなことな必要でないように思われる。それというのも本件においてはどちらの法解釈をとっても同一の結論すなわち特許出願Aと特許出願Bの同一性の否定へといきつくからである。
厳格な解釈を基礎にすると、非同一性は、特許出願Aが、特許出願Bに記載されている情報再現の問題点に関する特徴についてのはっきりした開示を含んでいないことから直ちに出てくる。
しかしまた、おだやかな立場から出発したときも、同一性は否定されるべきである。すなわちここでは、特許出願Bが特許出願Aを当業者が読むとき「間接的に一緒に読みとる」「平凡な自明性」そのものであるとする根拠が見てとれない。むしろ、平凡な或いは月並みとみることのできない継続的開発が現われている。
注意しなければならないことは、同一性の肯定が正当化出来るためには、もちろんゆるやかな法律解釈にしたがっても二つの出願の間にはある関係が必ずしも存在しなければならないということはない、という点である。
たとえばドイツ連邦裁判所はそのAllopurinol(血中尿酸排出促進薬)事件ではっきりと強調しているが、それによると、「後の出願中に記載されている手段が最初の出願の中に開示されている手段と均等物であるということから直ちに同一性が結論づけられることはない。--これまでの国際的論争において見たところまだ支持を受けていない--次のような解釈も明らかに完全に誤っている。すなわち、優先権上の同一性は、後の出願が先の出願と比べて何ら独自の発明の高度性を備えていないとき直ちに存在するとする解釈である。」と述べている。
特許出願Aと特許出願Bの間に完全な同一性が存在しているとするこの見解にはしたがって与みすることが出来ない。
(b) 部分的に同一である、という反論
(1) 特許出願AとBとでは差異があるということに対する第二の--しかしながらその結論ではあまり大差のない--反論は次のように絞ることができよう。すなわち、
特許出願Bは主発明の改良発明を説明する際に特許出願Aを引用してしかもこれとの関係ですでに特許出願Aの中に含まれていた実施例もまとめた形で繰り返しているので、その限りで特許出願Aと特許出願Bとの間の部分的同一から出発するべきであり、結果は、特許出願Bの突出部分にしか優先権は及ばない、と。
(2) しかしながらこの考察手法はあきらかに特許出願Bの対象と内容を正当に判断していないと言える。改良発明をそれ自体でわかりやすく記述するためには、主出願の対象をもう一度まとめる形で繰り返し、そしてその主出願に単に一括しないで言及することは実際に欠くことのできないことなのである。特許出願Bの「特許請求の範囲」の作りぐあいを見ると明らかにわかるように、特許出願Bの対象は改良された特殊な用途形態で用いられる焦点合わせ装置のみに関係しているのである。特許出願Aの中に開示された主発明自体は特許出願Bの中では何ら請求されていない。出願人が--本件のように--「特許請求の範囲」の作りぐあいと発明の詳細な説明によって、自分の改良発明だけが自分には重要なのだということをはっきりさせているときに、その出願にそれを越えた発明対象を割り当てることは一般的原則に反する。この原則はパリ同盟条約の優先権についてもあてはまるのである。
(3) 故に、結論として、特許出願Bは特許出願Aと部分的にも同一ではないことがはっきりした。しかしながらかりに部分的同一が肯定されるとしても、上告人は少なくとも特許出願Bが特許出願Aと比べて新規なものを含んでいるなら、その範囲内においては特許出願Bの優先権を主張することができる。よって、本件においても上告人は特許出願Bに記載きれている改良発明に関して特許出願Bの優先権を有すると言える。
以上の分析の結論として次のことが確認出来る。すなわち、完全な同一性も部分的な同一性もどちらも特許出願Aと特許出願Bの間には存在せず、もって特許出願Bはその対象に関してパリ同盟条約で意味する最初の出願と見なされなければならない。このことからさらに、上告人は本願について特許出願Bの優先権を正当に主張できる、という結論がでている。
Ⅵ 優先権認知の法律効果
1 本願にとっては、特許出願Bの優先権が認知されることにより次のような重要な法律効果が生じる。すなわち、
パリ同盟条約第四条Bによれば、優先日と出願日との間に発生した事実は特許適格の審査のさいに特許出願人に対して拒絶の理由とはなりえないので、新規性と発明の進歩性の審査については優先日だけが用いられる。すなわち一九七五年五月一六日がこれである。この時点まで特許出願Aも特許出願Cもどちらも公開した刊行物はなかっ。つまりこれら二つの出願の公開は初めて一九七五年八月一六日および一九七五年一二月一二日になされた。したがって特許出願Bの優先日のあとである。
2 したがって、発明の進歩性の審査(日本国特許法第二九条第二項)の枠内では特許出願Aも特許出願Cもどちらも本願の拒絶理由の引例とはなりえない。なぜなら発明の進歩性の審査にとっては、まだ公開されていない先願はどんな場合でも考慮の対象外にあるからである。
3 もちろん新規性審査の枠内でも特許出願AとCは日本国特許法第二九条第一項による特許出願Bの拒絶理由の引例とはなり得ない。せいぜい考えられるところでは日本国特許法第二九条の二による特許出願Cの新規性障害ぐらいである。その条文によれば、ある発明がなるほどあとになって公開されたものの、しかしながらすでに出願がなされたのは先であった先出願の中に記載されているときはその発明に対して特許は付与されない、となっている。しかしながら当該規定はいわゆる「他人」抵触と「自己」抵触とを区別していて、それは出願人が同一の場合後願に対する先願の開示内容の特許阻害効力は生じない、とうたっている。したがって日本国特許法第二九条の二による特許出願Cの新規性障害も同じく根拠となりえない。そのほか日本国特許法第二九条でいう新規性審査の枠内でも特許出願AないしCが本願に対する拒絶の理由の引例となることはない。それというのも両出願と本願とはその対象が同一ではないからである。
Ⅶ まとめ
1 上告人主張の結論は以下のようにまとめる。
発明者が自分の主発明を改良しかつ引続き開発を行なっているときその発明者の要求を汲み取るために、各国の国内法規では種々の法規モデルが設けられている。これに関して追加証明、追加の特許、国内優先、CIP出願の特別規定が挙げられる。
パリ同盟条約によって保証されている国際的保護制度も、発明者を継続的開発物の開示へと刺激し、そしてその際優先権の不適切な手当てによって発明者を阻害するようなことが決して起きないようにすることが必要であるとしてる。このような必要性に応えるものとして複合優先および部分優先の認知は比較的後の開発であり、これに対してすでにパリ同盟条約の早い時期に広く普及したのが、優先権は追加証明ないし追加の特許の出願に対しても主張することができるということの認知であった。この原則は今日まで変わらずに続いている。
--特許出願Bと本願との間には優先権上の意味での同一性がある。
--優先権上の「最初の出願」の要件は、改良発明および継続的開発についても独自の優先権を保証するとするパリ同盟条約の基本理念に反するように解釈されてはならない。
--特許出願Aと特許出願Bの間の具体的な比較をすると、同一でも部分的同一でもないことがわかる。上告人はしたがって特許出願Bの優先権主張ができる。
--優先権を認めれば、特許出願Aも特許出願Cも本願の発明の新規性および進歩性についての拒絶理由の引用とはならない。
2 ここで得られた結綸はマクロ的にみても利益にかなっておりかつ適切であると思われる。改良発明に対して独自の優先権を保証することは、連鎖優先を阻止するというパリ同盟条約の視点に違反していない。というのは、出願人の具体的に該当する優先権は改良発明自体のみに関係していて、主発明には関係していないからである。
本件審決及び原判決が述べた解釈がかりに国際的に浸透したとすると、パリ同盟国すべての発明者にとって恐ろしく不愉快な結論となる。日本の出願人もこれについては疑問を抱くことになろう。
追加の特許の付与はたしかに日本の改正特許法によるともはや行なわれていない。しかしこの法律状態になってからまだ日が浅いので、国際的な実務ではまだ当分の間は日本からの出願人が他の同盟国へ追加の特許出願の優先権を基礎にするケースもかなり多かろう。
より広い視覚からみても欠陥が出てくるであろう。一九七五年までは日本国特許法によると一出願に対しては一つの発明しかできなかった。そこで日本における発明の複合は他の国々におけるよりも複数の出願により厳しく「分類」されなければならなかった。一九七五年に「多項制」を制限的に導入したにもかかわらず、日本の特許付与実務はその限りでは少ししか変っていない。一九八七年の特許法改正で「多項クレーム」がさらに緩和されたが、この特許法改正がこの実務を持続的に変えるようになるのかどうかは、もう少し見守る必要がある。ともあれこれからもずい分長く、日本への特許出願人が発明の複合の一部を開示した日本における後の出願に関して優先権を主張するようなケースはおこるであろう。このような場合もしその日本の出願人に外国で後の出願の優先権が--この出願と先の出願とがいわゆる同一だとの理由で--拒まれたなら、その日本の出願人は国際的保護のためにまさに耐え難い苦難を示すことであろう。
3 以上に見てきたとおり、原判決は、パリ条約の基本理念乃至基本原理を没却し、同条約第四条の解釈適用を誤ったものであり、これが判決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかである。
第二点 パリ条約第四条の解釈・適用の誤り
--発明の同一性をめぐる問題--
パリ条約第四条に規定されている優先権は、その優先権に基づいて出願された発明と同一性を有する発明に係る出願(第一国出願)でなければ認められない。
しかるに、原判決は、本願発明と特許出願Aとの間に発明の同一性がないことを認めながら、特許出願Aが第一国出願であると認定したのはパリ条約第四条の解釈・適用を誤ったものであり、これが判決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかである。
以下に項を分けて論ずる。
最初に審決の誤りについて述べ、次いで原判決の誤りについて述べる。
一 審決の誤り
本願発明は、一九七五年五月一六日にフランス国に出願された特許出願第七五一五四三三号(審決のいう「特許出願B」)に基づくパリ条約による優先権を主張して、昭和五一年五月一七日に日本に特許出願されている。「特許出願B」には、本件発明と同一のaないしfなる六つの構成要件からなる「光ビームで情報を読み取る装置」の発明が記載されている。
従って、本願発明とこの「特許発明B」の発明とは同一の発明に該当する。
本件特許出願は、このように本願発明と同一の発明を対象とする「特許出願B」に基づくパリ条約による優先権を主張して、条約に定める期間内に出願されたのであるから、「特許出願B」がパリ条約にいわゆる「第一国出願」であるならば、本件特許出願には、パリ条約第四条Bの優先権が認められる。しかるに審決は、一九七四年一月一五日のフランス国特許出願七四〇一二八三号(審決のいう「特許出願A」)を援き、
「 本願発明の構成部分a~eについては、特許出願Bのより先の出願である特許出願Aにすでにはっきり開示されているので(このことは特許出願Aに基づいて優先権を主張してわが国にされた出願の公開公報〔引用例一〕より明らかである)、特許出願Aこそが最初の出願であり、よって、当該構成部分について特許出願Bを基礎とした優先権は認められないと解するほかないのである。」(審決書一一頁)
と説示し、さらに、
「 これを当審の拒絶理由の表現に従って重ねて云えば、両特許出願A、B明細書に共通に記載されている事項(a~e)については、特許出願Bは最初の出願とは認められず、特許出願Bによって発生する優先権は、上記事項を除く事項に対するものというべきである。」(同上一二頁)
と述べ、
「 したがって、追加特許証出願によって、その構成の全部について新たに優先権が発生したとする請求人の主張は、到底認めることができないものである。」(同上同頁)
と説示している。
Ⅰ 審決の上記説示に対する批判に先立って、発明の同一性について定めているパリ条約第四条F項、G項、H項の中、特に本件に関係し、審決も審決理由中で引用しているF項及びH項につき述べる。
第四条F項の第一段は、
「 いずれの同盟国も、特許出願人が二以上の優先権(二以上の国においてされた出願に基づくものを含む。)を主張することを理由として、当該優先権を否認し、又は当該特許出願について拒絶の処分をすることができない。」
といういわゆる複合優先の定めと、
「 いずれの同盟国も、優先権を主張して行った特許出願が優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことを理由として、当該優先権を否認し、又は当該出願について拒絶の処分をすることができない。」
といういわゆる部分優先の定めを含んでいる。そして上記何れの場合についても、
「 ただし、当該同盟国の法令上発明の単一性がある場合に限る。」との定めを置いている。
さらに、第四条F項の第二段は、部分優先に関して、
「 優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分については、通常の条件に従い、後の出願が優先権を生じさせる。」
と定めている。
吉藤幸朔著、特許法概説(第九版)は上記パリ条約第四条Fについて次の如く解説している。
「 優先権は単一の第一出願に係る発明について主張するのが普通である。しかし、優先期間内に関連一国発明について同一の国(又は他の国)に出願することがあり、このような場合、出願人にとってはこれをも最初の発明とともに第二国出願に含ませることができれば便利であり、経済的である。
パリ条約(四条F前段)は、このため二つ以上の優先権(いわゆる複合優先)を主張することを認めている。もっとも、この場合の優先期間は、最も早い第一国出願が基準となるべきことは当然である。
また条約は、同様の趣旨で、優先権主張の基礎となる第一国出願に含まれていなかった新しい構成部分をも含めて第二国に出願することを認めている。いわゆる部分優先である。この場合優先権が認められているのは、もちろん第一国出願に含まれていた構成部分のみである。ただし、第一国出願に含まれていなかった構成部分については、通常の条件に従い、他の国(第一国を含む)に優先権を主張して出願することができる(四条F後段)。
以上の複合優先、部分優先のいずれの場合においても、そのような特殊な優先権の主張であることを理由として優先権が否認され、又は拒絶の処分を受けることはない。ただし、出願国の法令上発明の単一性があることを必要とする(四条F前段二文)。」(六二八、六二九頁)
又、発明の単一性について、同書は以下のとおり解説している。
「 多くの国の特許法ば、一発明一出願の原則のみを規定し、我が国のような例外規定を特に設けていない。しかし、一出願に記載できる一発明の概念いわゆる発明の単一性(又ば出願の単一性)は比較的広いため、実質的には我が国とほぼ同様であると考えられる。たとえば、我が国では別発明と考えられている「物」と「その製造方法」は一発明として出願することを認めている。
なお、PCTは、一つの出願に記載することができる発明の単一性は、上記二つの考え方のいずれをも含むよう規定している。欧州特許条約も同様である。
注1) 発明の単一性と出願の単一性 諸外国の多くにおいては、発明の単一性と出願の単一性とは一致するが、我が国においては、併合出願制度により一致しない。したがって、条約四条F前段ただし書の解釈上、我が国が優先権主張を伴った外国出願につき、併合出願を認める必要がないとすることも考えられないわけではない。しかし、この考え方は、条約の予定しないところである(条約は、一発明一出願の原則のみを規定しながら運用上多発明を一出願にまとめることを許容する諸外国の法制を前提としたものであると解される)ので、条約上の発明の単一性(unity of invention)は、出願の単一性と同意語と解すべきであろう。」(二四五頁)
複合優先に基づく特許出願においては、複数の優先権の各々に基ずく発明が併せて単一の発明として記載されることになる。複合優先に基づく特許出願の立場から言えば、それは「単一の発明」であるけれども、優先権の基礎になった複数の各特許出願の立場から言えば、それは複数の発明である。このことは上記書物に解説されているように、「発明の単一性」が国によって多義であることに由来する。
部分優先に基づく特許出願にも、「優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含む」ものと、優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含まないものの両者が含まれ、部分優先の利益を受けるのは、後者のみであり、前者には部分優先の利益は認められない。前者は、部分優先の基礎となった特許出願に係る発明とは同一性が認められないからである。
この場合には、第四条F項後段の
「 優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分については、通常の条件に従い、後の出願が優先権を生じさせる。」
との規定が適用される。
さらに、第四条H項は、
「 優先権は、発明の構成部分で当該優先権の主張に係るものが最初の出願において請求の範囲内のものとして記載されていないことを理由としては、否認することができない。ただし、最初の出願に係る出願書類の全体により当該構成部分が明らかにされている場合に限る。」
と定めている。その趣旨は、優先権を主張して特許出願した発明において、その発明の或る構成部分が優先権主張の基礎をなす出願の請求の範囲に記載されていなくとも、優先権主張の基礎となった出願の「出願書類の全体により当該構成部分が明らかにされている」と認められた場合には、両者の発明の同一性があるとして優先権を認めるというものであって、優先権の基礎となった出願に係る発明と、当該優先権を主張して出願した発明との間の発明の同一性に関する特別規定である。
Ⅱ 審決は、前記の如く、
「 本件発明の構成部分a~eについては、特許出願Bのより先の出願である特許出願Aにすでにはっきり開示されているので、特許出願Aこそが最初の出願であり、よって当該構成部分について特許出願Bを基礎とした優先権は認められないと解するほかない」(審決書一一頁)
と認定しているが、本件発明はa~fの六要件を構成要件とする発明であるのに対し、「特許出願A」には、a~eの五要件を構成要件とする発明が記載されているのみであって、「出願書類の全体」をみても、fなる構成要件は全く記載されていない。
それ故、「特許出願A」は、本願発明に対して「発明の同一性」を欠如し、本願発明の優先権の基礎となる特許出願とはなり得ない。
一方、前述の如く、第四条F項の前段には、
「 いずれの同盟国も、優先権を主張して行った特許出願が優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことを理由として、当該優先権を否認し、又は当該出願について拒絶の処分をすることができない。」
と規定されている。この規定は、形式的な文言解釈だけから言えば、優先権の主張の基礎とされた出願には含まれていなかった構成部分を含む特許出願が、そのような優先権の主張を伴ってなされた場合にも、「当該優先権を否認し、又は当該出願について拒絶の処分をすることができない。」との趣旨であるかの如く誤解されることがある(審決もこのような誤解に陥っているようである。)。
しかし、かかる解釈は誤りである。何故ならば、前述の如く、第四条Hは、出願に係る発明の構成部分の全ては、少なくとも、「出願書類の全体により」明らかにされている必要があり、出願書類の全体によっても発明の構成部分のあるものが明らかにされていると認められない場合には、優先権は否認される旨定めているのであって、第四条F項前段に関する上記の如き文言解釈は、明らかに、第四条Hの規定と抵触することとなるからである。
第四条F項前段の上記規定は、前記吉藤著、特許法概説が解説する如く、「部分優先」に関する規定であり、優先権の前提たる発明の同一性の特別規定であって、優先権主張の基礎となる第一国出願に含まれていた発明と、含まれていなかった新しい構成部分を持つ発明とが、併せて一出願として出願された場合、第一国出願と同一性を有する態様の発明については、優先権が適用されるが、第一国出願に含まれていなかった構成部分を持つ発明については、優先権が否定され、第四条F項後段の規定に基づいて、
「 優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分については、通常の条件に従い、後の出願が優先権を生じさせる。」
のである。
Ⅲ 優先権の効果は、第四条B項に定められている。
その第一の効果は、
「 A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は、その間に行われた行為、例えば、他の出願、当該発明の公表又は実施、当該意匠に係る物品の販売、当該商標の使用等によって不利な取扱いを受けない」
という、優先権主張の基礎となった出願と当該優先権に基づいてなした出願との間に行なわれた種々の行為によって不利益な取扱いを受けないという効果であり、第二には、
「 これらの行為は、第三者のいかなる権利又は使用の効能をも生じさせない。」
という効果とを生じる。
審決は、
「 構成部分a~fについて優先権の利益を享受するためには、本来各構成部分についてされた最初の出願、即ち構成部分a~eについては特許出願Aを、構成部分fについては特許出願Bをそれぞれ基礎として優先権を主張して後の出願をする必要があったものと認められる。」(審決書九頁)
と述べているが、これはパリ条約第四条F項やH項に、「構成部分」という語が用いられていることに基因すると思われる。
しかし、本願発明に限らず、一つの発明について、その発明を構成する構成部分、すなわち、いわゆる構成要件の或るものについては或る出願の特許出願が優先権を持ち、又、他の或る構成要件については、別の特許出願日の特許出願が優先権を持つというのでは、優先権の前述の如き効果の発生する基準日がいつであるのかすら定めることができない。例えば、本件における「特許出願A」の特許出願日が、本件発明a~eの構成要件の優先日であり、「特許出願B」の特許出願日が本件発明におけるfの構成要件の優先日であるということになった場合、前述の第一の効果及び第二の効果は、いつからどのような態様、範囲で発生するのであろうか。
このような矛盾を含む結果を生ずるのは、パリ条約第四条に規定されている「構成部分(elements)」なる用語を、構成要件にあたると即断したからに他ならない。第四条の日本語の解釈としては、
「 優先権を主張して行った特許出願が優先権の主張の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分(を持つ発明)を含むことを理由として、当該優先権を否認し、又は当該特許出願について拒絶の処分をすることができない。」
と解釈すれば、「部分優先」に関する規定であることが明瞭となるし、又、
「 優先権の主張の基礎となる出願に含まれていながった構成部分(を持つ発明)については、通常の条件に従い、後の出願が優先権を生じさせる。」
と解すれば、「部分優先」が主張された場合、「部分優先]の利益を受けられない発明には部分優先の効果は与えられないとの趣旨であることが明瞭となる。
Ⅳ 以上述べた如く、パリ条約第四条に規定されている優先権は、その優先権に基づいて出願された発明と同一性を有する発明に係る出願(第一国出願)でなければ認められない。
そして、この原則には例外規定は設けられていない。
審決のいう「特許特許出願A」は本件発明とは同一性を持たない。又、発明の構成要件の各々について別個に優先権を認めるのは誤りである。それ故、この「特許出願A」を、本件発明の優先権の基礎となる「第一国出願」であるとした審決の認定判断は誤っている。
二 原判決の誤り
1 原判決は、「確かに、構成要件(a)ないし(e)からなるA発明と構成要件(a)ないし(f)からなるB発明とは、構成要件(f)の有無について相違しており、また構成要件(f)が構成要件(a)ないし(e)のいずれかと実質的に同一ということもできないので、両者に発明としての同一性はない」(原判決書二七丁表四行乃至八行)ということを明確に認定したにもかかわらず、なお、本願発明の構成要件(a)ないし(e)については特許出願Aが最初の出願であると認めるべきであるという。
その理由として、原判決は、「同条約四条F項によれば、同項は発明の単一性を要件として、いわゆる復合優先及び部分優先を認めており、第二国出願に係る発明が第一国出願に係る発明の構成部分とこれに含まれていない構成部分を含んでいるときは、共通である構成部分と第一国出願に含まれていない構成部分とがそれぞれ独立して発明を構成するときに限り(すなわち、この両構成部分が一体不可分のものとして結合することを要旨とするものでないときに限り)、共通である構成部分については第一国出願に係る発明が優先権主張の基礎となることに照らすと、第一国に最初にした出願に係る発明と後の出願に係る発明とが右のような関係にある場合に、第二国に後の出願に係る発明と同一の構成を有する発明について出願するとき、優先権主張の基礎とすることができる特許出願は、第一国に最初にした出願に係る発明と共通の構成部分については、最初にした特許出願であり、これに含まれていない構成については後の特許出願である、と解すべきである。」(原判決書一八丁裏六行乃至一九丁裏一行)と説示する。
しかし、同条約四条F項についてのかかる解釈が誤っていることは上述したところから明らかである。
特許出願Aに係る発明と本願発明とは発明としての同一性がない以上、特許出願Aを本願発明の基礎出願(第一国出願)と解することはできないのであって、同条約四条F項後段の規定に基づいて後の出願(特許出願B)が優先権を生じさせるものと解すべきである。
2 更に、原判決の結論に従うと次のような不当な結論となる。すなわち、仮に特許出願A(及びこれに基づく特許出願C)が第三者により出願された場合を想定すると、この場合には、上告人は本願について特許出願Bに基づく優先権の主張を許され、したがって、引用例一を拒絶理由とされることなく特許されるということとなる(この場合、特許出願Aを基礎出願とする日本特許出願Cに係る発明と本願発明が同一乃至実質的同一でないことは原判決も認めるとおりであるから(原判決書二七丁表四行乃至八行)、本願発明は、特許法第二九条の二又は同法第三九条に基づき拒絶し得ないことは勿論である。)。
もっともこれに対しては論者は、パリ条約四条C(2)項は同一対象についての優先権の連鎖を避けるための規定であるから、特許出願A及びこれに基づく日本特許出願Cが第三者により出願された場合には、優先権の連鎖という問題はそもそも生じない、したがって、前記の結論は何も不当ではないと言うかもしれない。
しかし、既にみたとおり、両者の間には発明としての同一性がないのであるから、出願人が同一であったとしても優先権の連鎖の問題は生じないのである。
したがって、特許出願A及びこれに基づく日本特許出願Cが上告人により出願されたかそれとも第三者により出願されたかの違いによって、本願発明の特許性についての結論が大きく変るのはやはり不当であり、パリ条約の趣旨に反すると言わなければならない。
3 上述したとおり、原判決は、条約第四条の解釈・適用を誤っており、この誤りが判決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかである。
第三点 特許法第二九条第二項の解釈・適用の誤り
特許法第二九条第二項の容易想到性(容易推考性)の判断は法的価値判断であり、その判断は一定の基準に従って行なわれなければならないことは言うまでもない。
原判決は、本願発明の容易想到性の判断に当り、判例により形成された判断基準を逸脱し本願発明は容易に想到し得ると判断した点において判例に違反し、ひいて、特許法第二九条第二項の解釈・適用を誤ったものであり、これが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
以下に項を別けて論ずる。
(1) 本願発明は、その特許請求の範囲の記載から明らかなように、対物レンズ(a)によりデータキャリヤ上に集束された光ビームの反射光が、光案内手段(c)によって案内され非点収差光学手段(d)を介したのち、四つの二次元部分に分割された観測面を有する光検出器(b)に照射されることにより光検出器の二次元部分の各々に生じる出力を利用して、回路(e)により焦点誤差信号を取り出すとともに、加算回路(f)により情報を読み取るように構成されている。
すなわち、本願発明の特徴は、焦点誤差を検出するための手段を用いて焦点誤差信号の他に情報信号も取り出すようにした点にある。
(2) これに対して引用例一は焦点誤差信号の検出手段であり、引用例二はトラッキング誤差信号の検出と情報信号の検出とを行う手段であって、両者は動作原理上互いに他と組み合わせることができない技術内容に関するものである。
まず引用例一は、本願明細書で引用しているように、構成要素として本願発明と共通するものを有する焦点誤差信号の検出手段であって、光検出電池つまり光検出器を光ビームの光軸に沿って焦点位置を中心とするいづれかの位置において動作させるもので、焦点位置からのずれを検出するものである。そして、光ビームに関して光検出電池がとる基本的な位置は、「光ビームの焦点位置」である。
而して、引用例一には情報の読取という記述はあっても焦点制御信号を利用して情報信号を形成する思想は全く存しない。
一方、引用例二は、その第三図および第四図がトラッキング誤差信号の検出動作を説明するための図であるが、光検出器要素12および13は互いに距離Sをおいた二つの位置に配置されており、「光ビームの非焦点位置」で光ビームがトラックに対してどれだけずれているかを検出している。光検出器要素12および13がともに焦点位置にあると、これら両要素12、13の受光量には差がないから焦点位置ではそもそもトラッキング誤差を検出することができないためである。
これを参考図面により説明する。
参考図面において、対物レンズ7を経た光ビームは二つの光検出器要素12、13に入射する。実際には途中に存在する記録体などは図示を省略している。
トラッキング誤差が生じると、光ビームの光軸がトラックの中心に対してどれだけずれているかに応じて、図示の光検出要素12、13に入射する各光量L、1(光ビームの断面積)が等しくなくなる。これを焦点位置の光ビームによって検出しようとすると、トラッキング誤差があってもなくても光ビームは等量づつ各検出要素12、13に与えられる。したがって、光ビームが光検出器要素12、13を照射する面積の変化としてトラッキング誤差を取り出すことはできない。他方、光検出器要素が非焦点位置にあれば、光ビームの照射面積L、1の相違として二つの光検出器要素12、13によって検出することができる。なお、非焦点位置は、実線で示す焦点位置より後の位置と破線で示す焦点位置より手前の位置との二つがある。
(3) 以上のように、引用例一の開示内容と引用例二の開示内容とは光検出器の設置位置が全く異なるとともに検出内容も全く異なるものであり、両引用例を組み合わせることはできない。仮に引用例一と引用例二とを組み合わせても、焦点集束信号をどのように処理すると情報信号として利用できるのを示す開示、すなわち焦点誤差信号と情報信号とを結び付けるものが欠落したままである。ここで、焦点誤差信号とは光検出器をデータキャリアから所定距離の位置に置くように制御を行なうための信号であり、他方情報信号はデータキャリアの反射面からの光反射量に対応した信号である。このように性質の全く異なる二つの信号を技術的に結びつけることが容易であると認定するには引用例一、引用例二の各開示内容だけではなくこれら両者を合目的的に融合一体化する開示内容又はそれを示唆する内容がなければならない。然るに、かかる開示内容又はそれを示唆する内容は引用例一又は二に存在しないことは明らかであるから本願発明が引用例一及び二の組み合わせにより容易になしえたと言えないことは明らかである。
以上
参考図面
<省略>